多分大事を取って早めに入院・治療されていたんでしょうけど、大変残念なことになりました。
白血病を克服しての晩年でしたが、やはり無理もしていたのかな。
11代目が早くに亡くなられて、若い頃から苦労されていましたが、素晴らしい役者になられました。
只々残念です。
謹んで哀悼の意を表します。
昨年末の勘三郎さんに続いて歌舞伎界の大看板の逝去。
偶然でしょうけど、歌舞伎座こけら落とし前に訃報が続くのは気になりますね。
歌舞伎界の大ピンチですが、こんな時こそ若手・ベテラン一丸となって盛り上げていってほしいです。
【團十郎さん死去】海老蔵、声震わせる 今春誕生の長男を「抱かせたかった」
勘九郎も「残念で言葉になりません」 昨年12月に父勘三郎が死去
市川團十郎さん急死 歌舞伎の大名跡
>歌舞伎俳優の市川團十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため都内の病院で死去した。66歳。東京都出身。
【中略】
長男の海老蔵によると容体は1月19日に悪化、眠った状態で体内に酸素を送り込む治療が施されていたという。その後は比較的安定を保っていたが、今月3日に急変。最期は妻・希実子さんや海老蔵ら家族に見守られながら静かに息をひきとった。
歌舞伎を代表する大名跡にふさわしい、スケールの大きな俳優だった。7歳で初舞台。58年に六代目市川新之助を襲名した。19歳という若さで父・十一代目團十郎を失うも叔父の二代目尾上松緑さんらに師事して修業を重ね、85年には十二代目市川團十郎を襲名。異例の歌舞伎座3カ月公演や襲名披露としては初のアメリカ公演などで歌舞伎の人気を押し上げた。
「勧進帳」の弁慶や「助六」などで見せた骨太で明るく華のある芸風で親しまれた。荒事では右に出る者はいなかった。また、お家芸の「歌舞伎十八番」の継承にも尽力した。プライベートでは歌舞伎界随一の天文マニア。幼いころから星を見て、大きな夢を抱いた。誰にでも隔てなく接するおおらかな人柄は、誰からも親しまれた。【中略】